筆者が直腸脱に対する腹腔鏡手術に取り組み始めて10年以上になります。 その間に、少しずつ改良を加えてきましたし、手技も向上してきたと自負しています。
そのような中で、一貫して重要と考えているのは合併症を起こさないことと、再発させないことです。 多くの施設で様々な術式が行われていますが、筆者の手術においては合併症率および再発率が非常に低いことが特徴です。
決して治療を諦めない、諦めさせないことをモットーとしておりますので、筆者の手術においては高齢、併存症、他院での術後再発など不利な条件の患者さんが多い割には、良好な成績だと自負しています。
なお、本ページの情報は、学会等で公開した情報の一部抜粋です。
統計値はすべて 中央値 (範囲 最小~最大) で表示しています。
筆者が現在所属している施設で施行した 2014~2022年 の腹腔鏡手術 110例の性別と年齢分布を示します。
女性が概ね90%を占めます。 年齢分布は、女性では高齢者に多く、85~89歳の層が最多です。 男性は比較的若年者に多いです。
2022年の腹腔鏡手術 43件の入院期間は以下の通りです。
2022年の腹腔鏡手術 43件において、手術時間は 147分 (108~234分) でした。
腹部手術の既往があり癒着が高度な症例や、再発を繰り返した症例もお断りしておりませんが、それらをすべて含んだ数字です。
高度な癒着などがなければ、2時間弱~2時間半程度です。
2022年の腹腔鏡手術 42件 (肝硬変等による腹水貯留症例は出血量がカウントできず除いています) において、術中出血量は 4mL (0~22mL) でした。
この中には、併存症のために抗血栓薬の内服を続けたままで手術した患者さんも含まれています。
筆者が現在所属している施設での 2014年~2023年5月 の 133件と、前施設での症例、技術指導で他院で施行した症例を合わせた、腹腔鏡手術の開始以来の全症例 166件を対象とした合併症・後遺症を以下に示します。
手術合併症は、術後の一過性の譫妄 (せんもう) 以外は、腸閉塞が1例ありました。
手術は問題なかったものの、退院前にインフルエンザに面会者から感染し一時重篤化した患者さんがおられました。
開腹移行 | なし |
他臓器損傷 | なし |
輸血・血液製剤の使用 | なし |
在院死亡 | なし |
創感染 | なし |
メッシュ感染 | なし |
コントロール困難な便秘の悪化 | なし (神経温存術式) |
若年男性における性機能障害 | なし (聴取可能の 5件中) |
術後腸閉塞 | 1 (0.6%) |
創部ヘルニア | なし |
メッシュ露出 | なし |
同じく腹腔鏡手術の 166件を対象とした再発の分析を以下に示します。
直腸脱としての再発率は、仙骨固定ができた場合 (予定通りの手術ができた場合) は 1.8% です。
仙骨固定を断念せざるを得なかった特殊なケースを含めると、3.0% です。
粘膜脱は、1.8% に生じており、これも含めると 4.8% となりますが、これは病態が異なりますので厳密には再発ではありません。
残念ながら再発してしまった患者さんそれぞれの原因を振り返り、対策を考えて細かく改良してきた結果、現在の筆者の術式があります。
これから腹腔鏡手術を始める先生方、すでにやっておられる先生方の参考にもなると思いますので、どのような患者さんが再発したのか、全ての再発症例について筆者の考えた原因と対策とともに記載します。 (個人が特定されうる情報は記載できません)
超高齢で、リスクを回避するため仙骨固定を諦めざるを得なかったケースにおいて、再発リスクが極端に高いことがわかります。
その他、他院での術後に再発された患者さん、トイレでいきみ続けることがやめられない患者さん、いきむ力が非常に強い患者さんは再発しやすい傾向があります。
症例 | 年齢 | 仙骨 固定 | 再発の状態と原因 | 対策 |
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認知症のある滑脱型の肥満女性 | 80代 | 〇 | 手術当日より軽度脱出し、認知症がありトイレでのいきみが続いて次第に悪化した。 剥離が不十分であったことと、吊り上げの初期強度不足が原因であり、手技上の問題。 筆者にとって初の肥満体型であったことが手技に影響した可能性がある。 | 直腸の左右をしっかりと牽引するように術式を改良した。 |
精神発達遅滞のある若年男性 | 20代 | 〇 | 型どおりにメッシュを使用し仙骨岬角に固定できていたが、術直後より強いいきみを繰り返し、術後数日で脱出してしまった。 | コントロール不能な強いいきみへの対策 ・ S状結腸の遠位側まで広く密に背側腹膜に固定 ・ メッシュを結腸間膜と腹膜の間まで挟み癒着を促進 ・ 数日間は水分のみとし便意を抑制 |
高齢女性 他院での1年前の経会陰的手術後すぐに再発したが再手術は断られた | 80代 | 〇 | 筆者による腹腔鏡での再手術後、半年ほどで粘膜脱で再発し、認知症のためトイレでいきみ続ける生活となった。次第に全層の直腸脱まで悪化した。 | 粘膜脱再発の時点で早めの再手術が望ましい。 |
他院で2回の腹腔鏡手術 (メッシュ不使用) 後の再々発 | 90代 | ✖ | 以前の手術による仙骨前面の高度な癒着があり、尿管など重要臓器の確認が困難で、リスクを考えて仙骨岬角の露出を断念したため、メッシュの仙骨固定が不可能であった。 | 再々々手術でも仙骨固定はできなかったが、S状結腸の遠位側までを広く密に背側腹膜に固定する対策にて再発無し。 |
メッシュによるティルシュがおかれ、20cm程度の腸管が半年以上脱出嵌頓したままの超高齢者。 嵌頓解除できないまま腹腔鏡手術を施行。数ヶ月後、肛門部の潰瘍と疼痛の原因となっていたティルシュを抜去したところ再発。 | 90代 | ✖ | 脱出腸管は一部粘膜が脱落し腸間膜まで炎症が高度で全体に繊維化しており、仙骨骨膜には固定できなかった。 ティルシュ抜去時、高度な癒着で強い力がかかり吊り上げの固定が外れてしまったらしく、早期に再脱出。 もともとティルシュは露出部を一部切除してあったので、その効果が無くなったのが原因ではない。 | ティルシュ抜去時に固定が外れる可能性を想像すべきだったが、未曾有の症例のため難しい。 事前にティルシュを除去し炎症の消退を待てば有利だった可能性はある。 なお、再手術時は、炎症はなく仙骨固定が可能であった。 |