ガイドラインでも推奨される経腹的直腸固定術を腹腔鏡で施行することが直腸脱の最も適切な治療法です。 直腸脱の治療のページにも記載しているように、腹腔鏡手術にもさまざまな種類があります。
広く施行されている標準的な術式には、それぞれの手技に伴う合併症・後遺症があります。
これらの合併症・後遺症は、術式の工夫で回避することができます。
術後によりよい生活を送っていただくためには、できるだけ合併症を少なくすることが必要です。 その原因を排除すれば、合併症を避けられます。
すなわち、
ことを実現すれば良いのです。
メッシュを使用しない手術では、下部直腸全体を完全に周囲から剥離して遊離受動する必要があるため、神経損傷は避けられません。 そうしなければ再発率がかなり高くなってしまいます。
メッシュを使用しつつ直腸への神経を温存するアプローチは腹側固定法 (Ventral rectopexy)が主流ですが、この方法ではメッシュトラブルの率が 2% 程度あると言われています。 高い率ではないですが、いったん生じると再手術が必要になったりする比較的深刻な合併症ですので、できるだけ避けたいところです。
神経が温存されれば便秘が悪化しないのでS状結腸の切除を併用しなくてすみます。
また、メッシュが壁の薄い直腸前面に貼り付けられ、便の通過のたびに圧排されるわけですから、メッシュ露出が生じるリスクのは本質的に避けられないと思います。
メッシュを下部直腸前壁にしっかりと縫い付ける必要があるのですが、このとき針が深すぎると粘膜を貫通して針糸に便が付着して感染の原因となります。浅すぎると強度が足りず再発につながります。
そこで筆者は、腹側固定法と後方メッシュ直腸固定術の「いいとこ取り」にて解決できるのではないかと考えました。
要するに、メッシュを使用しつつ直腸への神経を温存するが、メッシュトラブルを回避できる術式です。
筆者の術式のコンセプトは、以下の通りです。
上記コンセプトが実現できれば、理論的に合併症を回避できると考えました。
テクニックを必要とする縫合操作が多く、面倒な術式なので流行らないだろうなと思いますが、それ以外には欠点のない術式と自負しています。 術中写真を見ていただくとわかりますが、Wells法やRipstein法と比べて、かなり剥離範囲は小さいです。 写真だけでは伝わりにくいと思いますので、手順を追ってシェーマにしてみました。
術前CTで便秘の程度を把握し、便秘傾向であれば、腹腔鏡での視野をよくする目的で、手術の1週間前から下剤を内服していただきます。 個人差が大きいので自己調整していただいています。 術直前に腸管洗浄剤の内服や高浸透圧製の下剤の内服はしません。 逆に手術時に腸液が溜まった状態となり手術がやりにくくなる場合があるからです。
なお、腸管切除はやりませんし、後述の工夫により直腸損傷の危険は極めて低いと考えておりますので、腸内容による汚染を減らす意図はありません。
腹腔鏡は、Φ5mm の硬性斜視鏡を用いています。 仙骨岬角への縫着時の運針が見やすいよう、45°を愛用していますが術者の好みだと思います。 なお、骨盤の深い部分での操作が多く鉗子とぶつかりやすいため、フレキシブルでない方がやりやすいです。
エネルギーデバイスはバイポーラシザースを用いています。 腹膜が非常に伸びやすい症例や、腸管が長くて助手の鉗子が視野の確保で塞がってしまう場合に、切開部にテンションを掛けるのが難しくても切開しやすいためです。
手術中のモニター画面を元にした模式図にてご説明しますので、上側が尾側になります。
図をシンプルにするため、男性の骨盤でご説明します。 女性の場合はこれに子宮などが入ってきます。
体位は砕石位で軽めの頭低位とします。 マジックベッドを標準で使っていますが、特に亀背がある場合は、負担のかからないよう注意する必要があります。 子宮脱が併存していてペッサリーが留置されている場合は事前に除去しておきます。
便秘の方が多いので、筆者は術前1週間下剤を処方して腸内容を減らし、できるだけ視野を得やすいようにしています。
メンバーは術者、助手、カメラの3名で、ポートは、臍に12mmカメラポート、左右に2本ずつの5mmポート、計5ポートにしています。 術者、助手兼カメラの2名で4ポートでもできますが、癒着の強いケースなどでは難しいと思います。 ガーゼ、メッシュの出し入れは全てカメラポートから行います。
術者のワーキングポート (右下腹部のポート) を一般的な 12mm ではなく細い 5mm にしている理由は以下のとおりです。針糸などの出し入れが少々手間ですが、得られるメリットは大きいです。
女性の場合は、腹壁から刺入した直針を子宮底部にかけて、腹壁まで引き上げておきます。
まず、直腸の左右と、腹膜翻転部にて腹膜をU字型に切開します。
右側は仙骨岬角よりやや頭側から切開します。 下腹神経からの直腸枝はできるなら温存したいので、必要以上に広く切開しすぎないよう注意します。
左側はメッシュを通して牽引できれば良いので、通常は白線 (癒合腹膜) 下端の少し下あたりまでを切開しておきます。
直腸全体を頭側に牽引しつつ、切開部にて軽く鈍的剥離しておきます。 このとき、神経や血管は切りませんし、広範な剥離はあえてやりません。
脱出を繰り返している症例では、腹膜および後腹膜の慢性的な炎症により、肥厚と繊維化が生じている場合があります。
直腸の右側から、直腸を持ち上げながら直腸間膜後面を剥離し、仙骨前面を露出します。 このとき、下腹神経は背側に落とすようにして温存します。 通常の直腸癌の場合と同じ剥離層ですが、解剖学的なバリエーションが大きく、繊維化により剥離面がわかりにくい場合があるので注意が必要です。 また、剥離操作の開始点が、直腸癌の場合と異なり、かなり低い位置となりますので、剥離層を見誤らないよう、ここも注意が必要です。 仙骨前面からの血管または神経の直腸枝が存在する場合は切離します。
尾骨手前までしっかり剥離しますが、基本的には鈍的操作で剥離可能で、止血はほとんど不要です。 頭側の剥離は仙骨岬角を露出できる高さまでとします。 腸骨動脈の分岐部までは必要ありません。
左右のいわゆる側方靱帯には骨盤神経叢からの直腸枝が含まれていますので、切離せず温存します。 手前右側の「直腸間膜後面への入り口」は広めの剥離となりますが、ここで神経を切離することはありません。 この時点で、直腸左側にはまだ開通していません。
続いて、7.6x15cmのプロリンメッシュを3cm幅に切り、3x15cmとして、直腸間膜後面を通す操作を行います。 剥離範囲を最小とするため、筆者は以下の工夫をしています。
なお、上記の操作時には、尿管や腸骨動静脈を露出させないよう剥離面に注意する必要があります。 メッシュは強固に癒着しますので、将来直腸癌などで直腸切除が必要になったとき、露出させてしまった後腹膜臓器は損傷の危険が高くなります。
貫通させたメッシュを、左側で3点固定します。 この操作が非常に重要です。
① 直腸側腹膜の下端近く
② メッシュの中央あたり
③ 白線 (癒合腹膜) 下端などの強度が期待できる腹膜
の3点をを非吸収糸で強く牽引しつつ縫着します。
①と③の距離は概ね6~8cm程度となり、強めのテンションがかかりますが、slip knot のテクニックを用いれば難しくはありません。 筆者は 2-0 タイクロンを用いています。
この牽引は、術後しばらくたてば腹膜が伸びてくるためにテンションが失われてしまうと思われます。 しかし、それまでの間、メッシュは適切な位置に保持され、強固に癒着してくれますので、理想的な吊り上げが得られるというわけです。
また、術直後より運動制限の必要が無く、ある程度腹圧をかけても平気ですので、安心して早期退院を実現できます。
直腸右側の操作に移ります。
直腸を持ち上げ、仙骨岬角を露出し、その骨膜とメッシュを針糸で固定します。 このとき、仙骨正中動脈を確認しておき、損傷しないように注意します。 メッシュはたるまない程度に軽くテンションをかけるようにします。
筆者は、ここも 2-0 タイクロンによる slip knot としています。
ちなみに、タッカーを使用する施設も多いようですが、筆者は以下のように考えますので針糸の縫合にこだわっています。
仙骨岬角が腸骨静脈で覆われていて縫着が危険な場合がありますので、十分注意してください。 その場合は、以下のようにします。
追加で、3x12cmのプロリンメッシュを用意し、直腸間膜背側に敷きます。 これは、背側をサポートすることで滑脱を防ぐことが目的です。
次に、直腸をやや右回転させるように牽引し、直腸右側辺縁のなるべく尾側の腹膜と、2枚のメッシュを岬角の高さで非吸収糸にて縫着します。 ここもやや強めのテンションがかかるほうが望ましいですが、無理する必要はありません。 この操作により、直腸右側もメッシュを介して仙骨岬角に牽引固定されます。
この時点で、直腸が両サイドから牽引され、テンションがかかった状態となっていますので、自然に下部直腸前壁の筋層が露出されてきています。 子宮は腹壁側に引き上げてありますから膣後壁も牽引されており、腹膜翻転部が深い女性であっても直腸膣中隔がわかりやすくなっています。 可及的に鋭的剥離を進めてゆきますが、直腸前壁を損傷する心配はほぼありません。 また、テンションがかかっていない部分は剥離する必要がありませんので、事前に広範に剥離しておくやり方と異なり、組織損傷を最小限にできます。 些細な点かもしれませんが、直腸壁の損傷リスクを減らし、手術時間を短縮して、手術侵襲を最小限にするための工夫です。
下部直腸前壁の剥離が完了したら、メッシュ下端を下部直腸前壁に縫着します。 これは単に位置がずれないための固定です。 針を深くかける必要はありませんので、粘膜を貫通して針糸に便が付着して感染の原因になってしまう心配はありません。
結果的に、下部直腸は前後をメッシュで挟まれる形となります。 なお、背側のメッシュの下端は固定していません。
子宮脱が併存する場合は、左側のメッシュの固定糸 (非吸収糸) を、切らずにそのまま子宮頸部背側に深めにかけて縫合します。 この操作により、子宮頸部がメッシュに固定されますが、そのメッシュは仙骨岬角に固定されているわけですから、間接的に子宮が仙骨岬角に固定されていることになり、子宮脱が改善します。
高度な子宮脱や、膀胱脱の併存に対しては、メッシュを二股にして片方の脚を左側の子宮広間膜に貫通させて子宮頚部前壁側に固定する手技を行う場合もあります。
筆者は、明らかな子宮脱まで進行していなくても、術前CTで子宮が下がっている場合には、予防目的にこの固定操作を追加しています。
本質的には、直腸脱と類似した発生機序であり、肛門からではなく膣側に突出するというだけのことですから、基本的には同じ手術で治せます。 直腸膣中隔にメッシュをしっかりと入れて補強することが重要となります。
メッシュの下端を幅広にしておくか追加のメッシュを用意し、下部直腸前面に広くメッシュが当たるように工夫します。 また、直腸前面の剥離をやや深めにしておきます。
また、膣後壁を横方向に2~3針結節で縫縮しておきます。
最後に、メッシュが腹腔内に露出したままとならないよう、また、術後に内ヘルニアが生じないように、腹膜を閉鎖します。 このとき、尿管などの後腹膜臓器を損傷しないよう十分に注意する必要があります。
このとき、S状結腸の遠位側までを背側腹膜に縫合固定しています。 この一手間で、高位での重積が予防され、再発や、不顕性直腸脱による排便障害 を防ぐことができると考えています。
上記手術が終了した状態の、断面図になります。 直腸がメッシュにて引き上げられています。
側方靭帯に含まれる、直腸の支配神経は切離されていません。
メッシュが直腸を圧迫することがないように配置されていますので、メッシュトラブルは生じません。