治療しないで放置すると、後に述べるような様々な問題が生じますので、速やかに治療することが推奨されます。
ただし、専門性が高く、高度な技術を必要としますので、しっかりと吟味して医療機関を選択してください。
直腸脱の手術療法にはいくつか種類がありますが、筆者は、根治性の高い腹腔鏡下直腸固定術を完全直腸脱に対する標準の治療法としています。
全身麻酔がかけられない場合には、例外的に、経会陰的手術であるデロルメ法もしくはアルテマイヤー法を採用しています。
理由は別途説明しますが、日本で広く行われているガント-三輪-ティルシュ手術 (GMT法) はおすすめしません。
(個人的な見解です)
ガイドラインおよび文献資料は参考資料のページをご参照ください。 日本のガイドラインでの術式選択のフローチャートは下図のとおりです。
治療を受ける場合には、ガイドラインで推奨されるすべての術式 (GMT法を除く) を選択肢として考慮してくれる医療機関を選んでください (自施設で腹腔鏡手術ができなくても、適応があれば紹介してくれるのであれば、全く問題ありません) 。
また、一過性の術後せん妄は多いですが、認知機能の悪化が持続することはありませんし、手術侵襲は小さく翌日から食事と歩行を開始しますので、体力の低下に繋がった例はこれまでにありません。
高齢であっても最善の治療を受けていただくべきです。
直腸脱を肛門側から治す治療法です。
様々な術式がありますが、いずれも直腸に切除などの操作を加えて脱出を防ぐものです。
直腸脱は肛門から腸が飛び出すので肛門疾患とみなされ、肛門側から治す経会陰手術が主流でしたが、低侵襲な腹腔鏡手術が一般的となった現代では、経会陰手術は全身麻酔がかけられない場合などに行う手術となりました。
おなかの内側から直腸を吊り上げて固定する治療法です。
開腹手術と腹腔鏡手術があります。 現在は、低侵襲の腹腔鏡手術の普及により、全身麻酔がかけられる場合には第一選択の手術法となっています。 逆に、大きく開腹する手術は侵襲が大きく、基本的には行うべきではありません。
直腸脱の原因の主体は、腸と骨盤にあります。 加齢に伴う組織の脆弱化や、先天的な骨盤内の大腸の固定不良に加えて、骨盤底筋および肛門括約筋の緩みが発症に関わります。 従って、直腸を吊り上げて固定することが、病態に対する本質的かつ理想的な治療法となります。
すなわち、おなか側から手術をする経腹手術 (腹腔鏡手術) が望ましいのです。
腹腔鏡手術の場合は、筆者の手術では臍に12mmと、4カ所の5mmの小さな創になります。
開腹手術の場合は、下腹部の比較的大きな創となります。
腹腔鏡下直腸固定術は、再発が少なく、術後の疼痛や違和感の少ない、優れた根治療法です。 全身麻酔で腹部の小さな創から、鉗子操作で直腸を吊り上げて固定します。 直腸やその粘膜を切除することはないので直腸は本来の姿に戻り、神経を温存できれば機能も保たれます。 メッシュを使うことにより、再発は極めて少なくなります。
筆者独自の工夫として、直腸の神経を極力温存し、主要な合併症である術後の便秘をできるだけ回避する術式をおこなっています。 神経を温存すれば術後の直腸の蠕動機能が保たれますので、腸管を切除する必要もなく、安全性が格段に高まります。
また、子宮脱が併存する場合には子宮も吊り上げて固定しますので、同時に改善できます。
筆者の術式の技術的な詳細を記載したページを用意しておりますので、ぜひご覧ください。 また、本術式の成績を公表しています。
腹腔鏡による低侵襲手術を行っています。
筆者の術式の長所
本術式の短所
医療関係者様へ
もしこのサイトをご覧になっている外科医師でご興味をお持ちの方には、実際のビデオを供覧いたしますので遠慮なくお申し付けください。
また、必要とあれば手術の招聘に応じます。お気軽にご相談ください。
下部直腸を完全に剥離し、広くメッシュを巻きつけることで、高い吊り上げ強度を得ることが可能です。
下部直腸へ向かう神経をすべて切離してしまいますので、腸管の動きが悪くなり、術後の便秘がしばしば問題となります。 また、メッシュを巻きつけることにより、合併症率が高くなります。 巻きつける方法 (Ripstein法) ではなく、後方を中心に広くメッシュを固定する方法 (Wells変法) もあります。
メッシュを下部直腸前壁に縫着し、牽引してもう一方を仙骨前面に固定する術式です。
直腸に向かう神経を切離しないので、術後の合併症としての便秘が回避できます。 欧州で広く施行され、最近は日本でも多くの施設が取り入れています。
筆者はこの術式も試しました。 たしかに合理的な術式だと思います。 手術時間も比較的短いです。
筆者の個人的見解としては、以下の点が短所としてあげられます。
筆者の術式は上記の欠点を克服していますので、現時点では、出血リスクが高いなどの理由で直腸背側の剥離が危険な症例に限ってこの術式を適用しています。
メッシュを使わないので当然ですが、メッシュ感染やメッシュ露出のリスクが全くないという長所があります。
手技が比較的容易であるという点も長所です。
ただし、もともと組織が緩んで生じた直腸脱ですから、ただ縫合固定するだけの本術式では再発のリスクは当然高くなります。
また、十分な吊り上げ効果を得るためには下部直腸を完全に剥離し、神経組織をすべて切離する必要がありますので、術後の便秘が問題になる場合があります。 子宮脱を同時に治療することはできません。
その他、直腸には全く触らずS状結腸を腹壁に縫い付けるだけにするなど、根治性を無視して簡便さだけを求める術式もあるようです。患者さんとそのご家族には、施行医の説明をよく聞いて、実績や成績も確認し、納得の上で治療を受けていただきたいと思います。
S状結腸が長くもともと便秘がちな患者さんに対しては、直腸固定に加えて、直腸及びS状結腸を切除して腸管を短くする場合があります。 腸を短くしておけば、術後に便秘で苦労することがないという発想です。
その他にも、それぞれの外科医が工夫した数多くの術式が存在します。 手術を受ける場合には、具体的などんな術式を採用しているのかを担当医に必ず確認すべきでしょう。
直腸脱の腹腔鏡手術は、内視鏡を使って腹部から手術を行う方法であり、切開が小さく、術後の回復が早いという利点があります。
一般的に、腹腔鏡手術の合併症として、以下のようなものが挙げられます。
出血 | 手術時に出血が起こることがあります。止血が困難であれば、開腹手術に移行して止血せざるを得ない場合があります。術後出血では、再手術が必要な場合があります。 |
感染 | 手術中や手術後に感染が起こることがあります。メッシュが感染した場合には、再手術にてメッシュを取り出さなくてはならない場合があります。 |
他臓器の損傷 | 手術中に腸管その他の臓器が損傷してしまう可能性があります。通常は腹腔鏡下に修復可能ですが、腸管損傷の場合は感染の原因となるためメッシュを使えなくなります。 |
術後疼痛 | 小さいとはいえ、創の痛みが生じます。必要に応じ鎮痛剤を使用します。ほとんどのケースでは翌日から歩行可能なレベルです。 |
術後腸閉塞 | 腹部の手術で、手術後に腸閉塞が起こる可能性があります。重篤な場合には、再手術が必要な場合があります。 |
創ヘルニア | 臍部を切開してカメラを挿入しますが、その創が緩んで「でべそ」になる場合があり、創ヘルニアと言います。重篤な場合には、再手術が必要な場合があります。 |
性機能障害 | 直腸背側の下腹神経や、下部直腸周囲の骨盤神経叢が損傷されると、性機能障害が生じます。したがって、特に若年男性の場合は注意する必要があります。下腹神経は丁寧に温存し、下部直腸周囲を広範に剥離する操作は避けるべきでしょう。 |
術後譫妄 | 高齢者に多い、手術をきっかけにしておこる精神障害で、錯乱、幻覚、妄想状態となります。早期退院にて速やかに改善します。 |
以上のような合併症が起こる可能性があるため、手術前には必ずリスクについて十分に説明を受けることが重要です。 また、手術後には定期的な経過観察が必要です。
メッシュは、プラスチックでできた専用の網目状の材料です(みかんが入って売られている赤いプラスチックの網を想像してください)。これを細長く切って使います。
直腸脱はもともと骨盤底の支持組織が脆弱なために生じる疾患です。したがって直腸を吊り上げて縫合するだけでは再発のリスクがあります。メッシュを使用すれば固定が強固になるので、再発を防ぐことができます。もともとデロルメ法などの経会陰的な手術と比較すると再発率は低いのですが、再発を極力減らすためにはメッシュを使うほうが望ましいと考えます。
以下のデメリットがありますが、何れも大きな問題ではありません。
そのため、メッシュを使用するかどうかは、患者さんの症状や病状に合わせて、医師が判断する必要があります。医師が適切な手術方法を選択することで、最も効果的な治療が行われることが期待されます。
腹腔鏡手術では、再発率は非常に低いのですが、やはり一定の確率で再発します。 その機序は次のとおりです。
また、粘膜脱 (たるんだ粘膜が脱出する) になる場合もあります。 これは直腸のつり上げ固定の場合にはある程度やむを得ないことで、ようするに腸管はつり上がっているけれども、粘膜を縮めたわけではないので、もともとたるんでいた粘膜が肛門からはみ出してしまう状況です。 その他、もともと痔核が併存している場合には、痔核はそのまま残っています。 これらは厳密には再発ではないのですが、「またなにか出ている」という意味では同じです。 粘膜脱や痔核は改めて経会陰的に治療できます。
腹腔鏡手術は全身麻酔が必要ですので、全身麻酔がかけられない場合には、経会陰的手術を選択するしかありません。 また、脱出長が短い場合には、腹腔鏡手術ではなく、経会陰的手術を選択する施設も多いです。
直腸脱は次第に悪化することが多く、今は5cm未満であっても、近い将来5cm以上になるのではないか、そう考えると、将来にわたって脱出を防ぐことができる術式のほうが良いのではないかと考えます。
また、外来で診察したときに測った脱出長は正確なのでしょうか? もっと飛び出している時があるかもしれません。 そうすると本当は腹腔鏡手術を行うべきであるという可能性を考えるべきです。 実際に、経会陰的手術の際に、麻酔がかかって肛門が緩んだ状態で直腸を引き出してみると、想定以上にずるずる出てきたという経験をしたことがあります。
もちろん、合併症と再発の少ない腹腔鏡手術を提供できるという前提が必要です。
脱出した直腸の粘膜を切除してから、直腸の筋肉を縫い縮める方法です。
5cm程度までの直腸脱に対応できます。
再発率が約20~40%と高率なのが難点です。 子宮脱の改善は期待できません。
脱出した直腸の粘膜をリング状にはぎ取り、アコーデオン状に直腸壁を折りたたむようにして直腸を縮めつつ、粘膜を縫合します。
程度にもよりますが、手術時間は1時間から1時間半程度、手術中の出血もそれなりにあります。
肛門の近くに、直腸壁が折りたたまれる形となりますので、術後の残便感の原因となることがあります。
腸管粘膜の縫合操作がありますので、術後の入院期間は比較的長め (1週間程度) となります。 ただし、切除するのは粘膜だけですので、縫合不全により腸管の内容が腸管外に漏出するリスクはありません。
まれに、縫合した粘膜が離開して出血が生じる場合があります。
参考資料 直腸脱に対するDelorme法
脱出した腸管を経会陰的に切除します。 デロルメ法では対応できない比較的高度な直腸脱が対象です。
腸管の切除と吻合を伴いますので、縫合不全の可能性があり、腹膜炎など重篤な合併症を生じるリスクがあります。
近年は自動縫合機を利用する手技が広まってきており、安全性は高まってきています。
縫合不全がないことを確認してからの退院が一般的ですので、多くの場合は1週間またはそれ以上の期間の入院となります。
便貯留に重要な下部直腸を切除してしまうため、術後の頻便や便失禁がしばしば問題となります。
参考資料 直腸脱の病態とAltemeier法
上記のほか、ガント-三輪手術 (脱出直腸の粘膜を絞り染め式に縫い縮める方法)、ティルシュ手術 (肛門周囲に糸をかけて肛門を縫い縮める方法) が施行可能ではありますが、手術手技が簡単であること以外には特にメリットがないと考えますので筆者は施行しません。
ALTA多点法 (脱出直腸壁に注射をおこない固めて脱出しづらくする方法) に関しては、まだ歴史が浅く合併症の詳細や長期予後が明らかでないこと、現状では薬剤の保険適応外使用となるため施設として必要な倫理審査を通していないことから、筆者は施行していません。
参考資料 直腸脱に対するGant-Miwa法の有効性 直腸脱に対するThiersch法
高齢なので様子を見ているうちに、もっと高齢になります。しかも出歩かなくなって足腰が弱ると、どんどん弱ってしまいます。 自然に治ることがない病気に対して、「高齢なので様子を見ましょう」というのは、「高齢なので治療は諦めて我慢させたまま一生終わらせましょう」という意味です。
医師に脱出時の写真を見せてください。それでも何もしてくれないなら、別の専門医にかかるべきです。
経会陰的手術後の再発であれば、腹腔鏡手術でほとんど治せます。
腹腔鏡手術後の再発であっても、ほとんど治せます。 完全直腸脱での再発なら再度腹腔鏡手術、粘膜脱だけなら経会陰的手術で治せます。