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直腸脱の手術リスク

直腸脱を治すには手術しかありませんが、このページでは、手術にかかわるリスクについて解説します。

手術リスクとは?

良性疾患と手術リスク

直腸脱のような良性疾患に対する手術に求められる要素は、悪性腫瘍である大腸癌の手術に対するものとは異なります。 「放置しても死なない病気」に対する治療において、どの程度までのリスクが許容されるのかという問題です。 もちろん、リスクはできるだけ小さいことが望ましいのは間違いありません。

全身麻酔と脊椎麻酔

直腸脱の手術の場合、腹腔鏡手術では全身麻酔が必須です。 経会陰的手術の場合は、主に脊椎麻酔 (脊髄くも膜下麻酔) で行われます。

高齢者には全身麻酔はリスクが高く不適切、という論調も見られますが、本当にそうでしょうか? 全身麻酔でリスクが高いのは、開腹手術で術後疼痛などが大きく影響した場合の話であって、現代の創が極めて小さい完全腹腔鏡下手術では必ずしも当てはまりません。 筆者の腹腔鏡手術では、翌日から歩行可能、食事可能ですので、術後肺炎などのリスクは極めて低く、ADL (日常生活動作) 低下もありません。

麻酔の技術自体も格段に進歩しています。 呼吸や血圧のコントロールなどがしやすいのは全身麻酔です。 認知症の患者さんでは、脊椎麻酔の手術中の危険防止のために、しっかりとした鎮静が必要ですが、呼吸管理が難しいという点では不利になります。

リスクとは?

ところで、そもそもリスクとはいったい何を示すのでしょうか?

外科医の立場としては、手術や麻酔自体で生じる合併症の発生率と死亡率が問題です。 ですので、特に超高齢者に対して筆者が全身麻酔を必要とする腹腔鏡手術を積極的に行っていることに対しては批判的な意見もあります。 (実際には手術合併症の率はきわめて低いのですが、危険だと思い込まれている場合が多いです)

しかし、直腸脱に関して言えば、リスクはそれだけではありません。 直腸脱を治さずにいると、日常生活動作 (ADL) が低下し、生活の質 (QOL) も低下します。 出歩けなくなると、足腰が弱ってしまいます。 最終的には寿命に影響します。 これらはリスクであるととらえるべきであり、手術による直接のリスクと併せて考えるべきです。

手術リスクに見合う価値はあるのか

認知症だから、介護を要する状態だから、超高齢だから、リスクを取る価値はないと治療を断られた患者さんを多数診てきました。 筆者はその考えは誤りだと思います。

直腸脱を放置すると、患者さんの尊厳が大きく損なわれてしまいます。 治療せずに放置されることで、不快感が続き、陰部が便で汚染された状態が続くのです。

治療を断られ、自殺を図った患者さんもいました。 家中を便まみれにする認知症の母親の死を願ったと打ち明けてくれた家族もいました。

これらを解消できるのですから、価値は十分にあると思います。

腹腔鏡手術のリスクの実際

実際の手術リスクはどの程度なのでしょうか?

全身麻酔を必要とする腹腔鏡手術は、腰椎麻酔で済む経会陰的の手術と比較して、本当にリスクが高いのでしょうか? 実際の筆者の手術における合併症については、筆者の腹腔鏡手術成績ページの合併症・後遺症のセクションを御覧ください。

筆者は、全体としてのリスクはむしろ腹腔鏡手術の方が低い場合もあると考えています。 その理由は以下の通りです。

いかがでしょうか? 「全身麻酔が必要な腹腔鏡手術は高齢者にはリスクが高いので適さない」という見解は必ずしも正しくないことをご理解いただけたかと思います。

もちろん、腹腔鏡の手術はそれ自体が開腹手術と比べて難易度の高いものですから、術者が経験豊富で高度な手術手技を有することが前提です。

ガント-三輪(-ティルシュ)手術におけるリスク

ガント-三輪(-ティルシュ手術)は、手術そのものは手術侵襲が少ないですが、術後再発や合併症、後遺症のリスクを含めたトータルリスクは高いと考えられますのでお勧めできません。

詳細は ガント-三輪(-ティルシュ)手術を筆者が施行しない理由 のページをご覧ください。